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名古屋高等裁判所 昭和27年(う)28号 判決

控訴人 被告人 金在徳

弁護人 塚本義明

検察官 浜田善次郎関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人塚本義明の控訴趣意は、本件記録添附の同人の控訴趣意書を引用するが、その要旨は、原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の適用に誤りがある。即ち起訴状によれば、同一の日時場所で、小野博に対し、脅迫暴行の手段により金五百円を喝取し、更に他の脅迫手段を用い金二百円を喝取せんとしたが、その目的を遂げなかつたものであるとし、罪名として恐喝、同未遂(刑法第二四九条、第二五〇条)を掲げているところから考えて、恐喝罪と同未遂罪とは併合罪であるとして起訴したことが明らかである。然るに原判決は、恐喝罪の一罪と認定し、恐喝未遂について、主文において、無罪の判決を言渡さなかつたのは、違法であると謂うにある。よつて案ずるに、本件起訴状の公訴事実には、被告人は、小野博より金員を喝取せんことを企て、昭和二十六年二月十二日午後十一時過頃、岐阜市日の出町カフエーモナコ方において、同人に対し「一寸顔をかしてくれ」と申向けて、同家横の露路内に連れ出し、「お前は近頃金を儲けてモナコあたりへ遊びにくるが、俺に挨拶をしない、お前は生意気だ」と言いがかり、突如同人の顔面を殴打し、且つ左股を足蹴にした上、「俺は一週間位後には、大垣の裁判所で刑を受けるのであるから、今お前を殴つても五十歩百歩だ、四年前お前の買つた盗品のことで金を貰つたことがあるが、これから警察へ行つて、そのことを喋つてもよいか」と申向け、以て同人の身体、名誉に対し危害を加うべき趣旨を暗示し、更に同人の顔面を殴打して畏怖せしめ、よつて金五百円を提供させて喝取した上、更に同人に対し「四年前のことは黙つていてやるし、今後道で会つても知らん顔をしてやるから明晩までに金二万円をモナコのマネージヤーの許まで出して置け」と申向け、同人が即座に応諾せざるや「お前は刺されたいのか」と称し、ズボンのポケツトに手を差入れて、恰も短刀でも取出すような身振りを示して同人を威迫して畏怖せしめ、金二万円を喝取しようとしたが、その目的を遂げなかつたものであるとし、罪名として恐喝及び恐喝未遂(刑法第二百四十九条、第二百五十条)を掲げたのに対し、原判決が、犯罪事実として、被告人は、小野博より金員を喝取せんことを企て、昭和二十六年二月十二日午後十一時過頃、岐阜市日の出町カフエーモナコ方において、同人に対し、「一寸顔をかしてくれ」と申し向けて、同家横の露路内に連れ出し、「お前は近頃金を儲けてモナコあたりへ遊びにくるが、俺に挨拶をしないお前は生意気だ」と言いがかり、突如同人の顔面を殴打し、且つ左股を足蹴にした上、「俺は一週間位後には、大垣の裁判所で刑を受けるのであるから、今お前を殴つても五十歩百歩だ、四年前お前の買つた盗品のことで金を貰つたことがあるが、これから警察へ行つてそのことを喋つてもよいか」と申し向け、以て同人の身体、名誉に対し危害を加うべき趣旨を暗示し、更に同人の顔面を殴打して畏怖せしめ、金二万円の交付を求め、よつて金五百円を提供させて喝取したものであると認定し、刑法第二百四十九条第一項の恐喝既遂罪の一罪とし、被告人に懲役八月を科した上、前記起訴状に記載せられてある恐喝未遂の点は、証人小野博、被告人の原審公判廷における各供述を綜合すれば、これを認め得られるが、判示恐喝既遂の事実と同一行為によつて為されたもので、右恐喝罪に包括されるものと認めるべきであつて、併合罪を構成するものでないとし、主文で特に恐喝未遂について何等の言渡を為さなかつたことは、所論の通りである。

右のように、起訴状の公訴事実には、恐喝既遂と恐喝未遂の訴因を掲げ、併合罪として起訴していても、原審である第一審裁判所の事実審理の結果、右の恐喝既遂と恐喝未遂とは一個の行為であると認定し、恐喝既遂の一罪として処断したときには、判決主文では、特に恐喝未遂の訴因について何等の言渡をしなかつたとしても、違法ではない。即ち、原判決は、被告人が、小野博に対し、身体、名誉に危害を加うべき趣旨のことを暗示して、同人を畏怖せしめ、金二万円を要求し、これが交付を受け得なかつたが、金五百円の交付を受けて、これを喝取したと認定し、起訴状記載の金二万円の恐喝未遂の部分についても審理判断し、これは、起訴状記載の金五百円の恐喝と同一行為で包括的に見るべきもので、併合罪でないと説明し、判決主文で懲役八月に処する旨言渡したのであるから、起訴状記載の公訴事実は、総て審理判断し、起訴状記載の恐喝未遂に当る事実も包括して、一個の刑を言渡したことになり。他に判断の遺脱はないものと解すべきである。原判決は、起訴状記載の金二万円恐喝未遂の事実が証明なしと認めたのでもなく又罪とならないものと認めたわけでもないから、無罪の言渡をすることもできず。さればとて起訴された事実について再度起訴があつたことにもならないので、公訴棄却の判決することもできず、原審のように包括的に恐喝一罪として、懲役八月に処する旨の判決する外に適切な方法を発見することができない。更に判決の既判力は、訴因について生ずるものでなく、公訴事実について、これと同一性のある事実全部に及ぶものと解すべきであるから、原判決の通り裁判しても、起訴状記載の恐喝未遂の事実について、既判力が生じないとすることはできない。又原判決認定の犯罪事実と起訴状記載の公訴事実の訴因とにくいちがいがあつたり同一性を欠くようなこともない。以上の理由により、原判決には、何等法令違反はなく、論旨は、理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により、本件控訴を棄却する。

(裁判長判事 高城運七 判事 高橋嘉平 判事 赤間鎮雄)

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